2015-05-05 (火) | 編集 |
2015年4月24日金曜日 夜10時40分ごろ
虹の橋を渡りました


血栓から奇跡の生還したあと
毎日 お薬たくさん飲まされ
2月から患っている膵炎も治ってなかったようで
食欲が戻らないからと 毎日 口にフードを流し込まれ
脱水気味だからと 3日ごとに皮下補液され
病院に何度もつれていかれ。
亡くなる1週間前は、少し復調の兆しが見え
カリカリをわずかに食べるまで回復してたのに
急転直下…
呼吸が少し早いかなと気づいたのは火曜日の朝。
足がもつれてよたつくので、脱水のせいかと、慌てて病院で補液してもらって帰宅
どんどん呼吸が早くなって・・
水曜の朝は 1分に100もありました。
何も食べないし水ものみません。
夕方 お腹が波打つような呼吸におろおろし
18時ごろ病院に連れて行ってレントゲンをとったら「胸水」がたまっている、と。
針で抜くのですが、30ccほどだったでしょうか。
鮮やかな赤い液体が。
少し呼吸がおさまり(まだ早いけれど)、
帰宅したら水を沢山飲んで、トイレにも行きました。
水曜の午前は久しぶりに、「療養室」の音楽室から自分で移動して
寝室の日向で伸びて寝てたりはしてたのです。
でもやっぱり息が早い。 あっというまに1分100に逆戻りです。
どうしようかと思いつつ様子を見ていましたが
夜 受付ギリギリに再び病院に。
たった1日で60ccもたまっていました。
もっと暗い赤色に。
しかも抜いても呼吸が前回ほど収まらないのです。
獣医さんは 自宅に酸素室がないのが不安だと言います。
そう言われたら、こちらも不安で、連れて帰れなくなってしまい
そのまま木曜の夜は病院の酸素室に入院させて不安なまま帰りました。
そして金曜の朝、病院に電話で様子をきくとあまり芳しくない様子。
また胸水が溜まり始めてるというのです。
胸水を抜いた直後のレントゲンで、
前回入院(3末)時にはなかった白い影が肺にあるとのこと。
正体は分からない、と。
不安なきもちで病院にミミに会いに行きましたが
苦しそうであまり反応してくれませんでした。
夫に様子を伝えるために写真も撮りました。
腫瘍なのか肺に血栓が出来たのか まったく分からない。
とにかくこちらとしては、胸水を何度も抜かれるストレスも怖くて仕方ない。
15時までの面会時間から一旦帰宅。
夕方また会いに行こうと思っていた矢先、
18時ごろに病院から「すぐ来てください」と電話。
突然開口呼吸になり呼吸がかなりアブナイとのこと。
聞いたら、胸水を抜いた15分後ぐらいにそうなったと。
きっとストレスで弱っている身体に負荷がかかったに違いありません。
昼に会いに行った時と同じような苦しそうな様子。
目に力がないのです。
血栓で入院中のほうがずっと元気そうでした。
なぜたった1週間で急にこんな状態が悪化したのか・・
なぜ1ケ月で 肺に急激な以上が起きたのか・・・
泣きそうな気持ちで また家にひとりで帰りました。
やがて帰宅した夫と、「明日の予定をキャンセルし、ミミの様子を見に行かないと」と相談していました。
そして、、、、 22時36分。電話がなりました。
恐怖で叫びそうになりました。
溶体、急変。
私達が速攻で家を車で出て病院に着いた10分後。
私達が目にしたのは、診察台の上で、口に挿管されて
心臓マッサージをされているミミの延びた身体と、飛び出した舌でした。
ショックで泣き叫びました。
心拍はもどらず。
泣きながら、むくろを抱いて家に連れて帰りました。
その後の涙、涙はご想像にお任せします。
16歳直前位だと思います。誕生日がわからないのです。
少し前まで、あんなに元気だったのに。
お葬式は月曜日に出しました。
小さなお骨になってしまいました。
骨壷は 4年前に逝ってしまった2匹と並んで3つ。
かなしい、かなしい、さびしい姿です。
時間がたつのは早い。
もう初七日も過ぎてしまい、ミミの残像と暮らしているみたい。
主のいなくなった猫ベッド。

元気だった頃のミミです。







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血栓から奇跡の生還したあと
毎日 お薬たくさん飲まされ
2月から患っている膵炎も治ってなかったようで
食欲が戻らないからと 毎日 口にフードを流し込まれ
脱水気味だからと 3日ごとに皮下補液され
病院に何度もつれていかれ。
亡くなる1週間前は、少し復調の兆しが見え
カリカリをわずかに食べるまで回復してたのに
急転直下…
呼吸が少し早いかなと気づいたのは火曜日の朝。
足がもつれてよたつくので、脱水のせいかと、慌てて病院で補液してもらって帰宅
どんどん呼吸が早くなって・・
水曜の朝は 1分に100もありました。
何も食べないし水ものみません。
夕方 お腹が波打つような呼吸におろおろし
18時ごろ病院に連れて行ってレントゲンをとったら「胸水」がたまっている、と。
針で抜くのですが、30ccほどだったでしょうか。
鮮やかな赤い液体が。
少し呼吸がおさまり(まだ早いけれど)、
帰宅したら水を沢山飲んで、トイレにも行きました。
水曜の午前は久しぶりに、「療養室」の音楽室から自分で移動して
寝室の日向で伸びて寝てたりはしてたのです。
でもやっぱり息が早い。 あっというまに1分100に逆戻りです。
どうしようかと思いつつ様子を見ていましたが
夜 受付ギリギリに再び病院に。
たった1日で60ccもたまっていました。
もっと暗い赤色に。
しかも抜いても呼吸が前回ほど収まらないのです。
獣医さんは 自宅に酸素室がないのが不安だと言います。
そう言われたら、こちらも不安で、連れて帰れなくなってしまい
そのまま木曜の夜は病院の酸素室に入院させて不安なまま帰りました。
そして金曜の朝、病院に電話で様子をきくとあまり芳しくない様子。
また胸水が溜まり始めてるというのです。
胸水を抜いた直後のレントゲンで、
前回入院(3末)時にはなかった白い影が肺にあるとのこと。
正体は分からない、と。
不安なきもちで病院にミミに会いに行きましたが
苦しそうであまり反応してくれませんでした。
夫に様子を伝えるために写真も撮りました。
腫瘍なのか肺に血栓が出来たのか まったく分からない。
とにかくこちらとしては、胸水を何度も抜かれるストレスも怖くて仕方ない。
15時までの面会時間から一旦帰宅。
夕方また会いに行こうと思っていた矢先、
18時ごろに病院から「すぐ来てください」と電話。
突然開口呼吸になり呼吸がかなりアブナイとのこと。
聞いたら、胸水を抜いた15分後ぐらいにそうなったと。
きっとストレスで弱っている身体に負荷がかかったに違いありません。
昼に会いに行った時と同じような苦しそうな様子。
目に力がないのです。
血栓で入院中のほうがずっと元気そうでした。
なぜたった1週間で急にこんな状態が悪化したのか・・
なぜ1ケ月で 肺に急激な以上が起きたのか・・・
泣きそうな気持ちで また家にひとりで帰りました。
やがて帰宅した夫と、「明日の予定をキャンセルし、ミミの様子を見に行かないと」と相談していました。
そして、、、、 22時36分。電話がなりました。
恐怖で叫びそうになりました。
溶体、急変。
私達が速攻で家を車で出て病院に着いた10分後。
私達が目にしたのは、診察台の上で、口に挿管されて
心臓マッサージをされているミミの延びた身体と、飛び出した舌でした。
ショックで泣き叫びました。
心拍はもどらず。
泣きながら、むくろを抱いて家に連れて帰りました。
その後の涙、涙はご想像にお任せします。
16歳直前位だと思います。誕生日がわからないのです。
少し前まで、あんなに元気だったのに。
お葬式は月曜日に出しました。
小さなお骨になってしまいました。
骨壷は 4年前に逝ってしまった2匹と並んで3つ。
かなしい、かなしい、さびしい姿です。
時間がたつのは早い。
もう初七日も過ぎてしまい、ミミの残像と暮らしているみたい。
主のいなくなった猫ベッド。

元気だった頃のミミです。






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